謎多き「プシバルスキーウマ(モウコノウマ)」
みなさんは「プシバルスキーウマ(モウコノウマ)」という馬をご存じでしょうか。わたしたちが普段触れ合う乗馬の馬(主にサラブレッド)よりも小柄で、黄褐色の馬体に濃い褐色の立派なたてがみが印象的。
1981年に初めて日本にやって来ました。絶滅の危機を経て2024年現在、日本国内で飼育されているのは十数頭のみ。一般公開しているのは多摩動物公園とよこはま動物園ズーラシアだけという、実はとても希少な馬です。
起源
ユーラシア大陸の草原に生息し、アジア中央部、主にモンゴル周辺に多くいたようです。1879年にロシアの探検家ニコライ・プシバルスキーによって発見され、その存在を広く知られるようになりました。
最後の野生馬と言われており、現存している野生動物としての馬は世界にプシバルスキーウマただ1種。1960年後半の目撃情報を最後に確認されなくなったことから、おそらくこの頃に野生下では一度絶滅したと見られています。
多くのモンゴル民話に登場し、神が乗る馬とされてきた為、モンゴルではプシバルスキーウマを聖霊あるいは聖人を意味する「タヒ(takhi)」と呼んでいます。
生態
大きさとしては体高1.2~1.4m、体重200~300kgで、頭部が大きく首も太く、小さいながらもがっしりとした体格。また野生馬ということで警戒心が強く、人に慣れにくいそう。家畜馬のようにトレーニングができないので、かつて動物園では馬に必要な蹄の手入れにも苦労していたのだとか。
1頭のオスと数頭のメス、その子どもからなるハーレムという小規模の群れで暮らし、メスには一般的に年齢による秩序があるようです。リーダーのオスは子孫を残す為に他のオスからハーレムを守らなくてはなりません。ここで生まれたオスは4~5才になるとハーレムを離れることになりますが、リーダーのオスを倒せばそのハーレムを奪うことができます。
一方ハーレムを出ても単独で暮らすことはほとんどありません。メスは他のハーレムに加わり、独身のオスは自分のハーレムを作るまで他の独身のオスと群れで暮らします。
唯一の野生馬ということで保護活動が盛んなプシバルスキーウマ。
しかし2018年の研究で、カザフスタンのボタイ遺跡に見られる家畜馬の痕跡からプシバルスキーウマは「野生に戻った家畜馬の子孫であり、野生馬ではない」との説が出されました。
すると2021年の研究では野生馬ではないと判断された馬が家畜化されておらず、プシバルスキーウマの系統であることが分かりました。
結局のところ現在は野生馬とされていますが、今後また新たな発見によって見解が変わってくるのでしょうか。
繁殖
モンゴル地方では交尾期は5~6月頃で、通常11~12ヶ月の妊娠期間を経て翌年の春4~5月頃に1頭の子馬を出産します。授乳期間は6~7ヶ月間とされています。
野生で絶滅した後は必然的に限られた個体から飼育下での繁殖とならざるを得ず、今度は近親交配が起こりやすいという問題が出てきました。近親交配を繰り返すと遺伝疾患を発症しやすくなったり、免疫系の多様性が低くなったり、障害を持つ個体が生まれたりと、生存率に大きく影響します。
実際にハーレム全体に様々な遺伝病が蔓延する結果も。平均寿命が著しく短くなるだけではなく、純血種のメスで出産できる個体はわずかとなり、子馬の死亡率も増加しました。
1959年にはプラハでプシバルスキーウマ保護の国際シンポジウムを開催。1960年以降プラハ動物園から血統台帳が出され、その後世界中で新たに生まれた子馬を追跡して系図を作り、問題となっていた近親交配を抑制しつつ繁殖する道が切り開かれました。
保護活動
厳冬や在来種との交配、生息地の喪失、乱獲などが原因で、野生のプシバルスキーウマは残念ながら一度は絶滅の道を辿りました。ですが1879年に発見されて以降、種を保存するべく数多く欧米諸国の動物園に送られていた為、幸運にも絶滅を免れます。野生下で絶滅後はヨーロッパの動物園でわずかに飼育されていたその子孫から計画的な繁殖が開始され、再野生化の試みが始まりました。
チェコのプラハ動物園では1932年に繁殖プロジェクトを立ち上げ、現在もその活動は継続中。プロジェクトの推進には国際的な協力が必要不可欠と、プラハ動物園が中心となって世界中の動物園と力を合わせながら保護活動に取り組んでいます。今年もドイツのベルリンにあるティアパーク動物園と共同で、5年間で少なくとも40頭のプシバルスキーウマをカザフスタンの草原に野生復帰させるという計画を発表しました。
世界各国の動物園が繁殖に努めた結果、そして世界規模で保護活動を続けた結果、モンゴルの保護区を中心に野生復帰計画が進められ、その個体数は少しずつ増加傾向にあります。しかしそれでも全世界で2000頭を少し超える程度でまだまだ油断はできません。
まとめ
同じ馬でもサラブレッドと趣は違いますが、見ているととても可愛らしく癒されます。しかし困難をくぐり抜け、辛うじて完全な絶滅を免れたプシバルスキーウマ。
一度途切れてしまった種の歴史故に、絶滅前の野生下での生態などはあやふやなまま。これから再野生化によって謎が紐解かれていくのかもしれませんね。
今後も変わらず繁殖や再野生化の試みが継続され、プシバルスキーウマが野生動物としてきちんと野生で生きることができる日が訪れることを願いたいと思います。