馬好きの聖地かも?馬にゆかりのある神社(関東編)

日常生活の中では、神社を見かけても参拝せずに通り過ぎてしまうことも多いかもしれません。しかし、歴史や境内をよく見てみると馬と縁のある神社かも…?今回の記事では、馬にゆかりのある関東の神社をいくつか紹介します!

千束八幡神社(東京)

最初に紹介するのは、東京都大田区南千束にある千束(せんぞく)八幡神社です。全国にある“八幡神社”は基本的に戦勝の神様とされており、八幡神は源氏の氏神でもあります。中でも、この千束八幡神社には、あの源頼朝が宿営したことがあるそうです。


最終的には鎌倉幕府を作るという偉業を成し遂げた頼朝ですが、この神社に宿営したときは直前の戦いで大敗を喫し、敗走を余儀なくされる中でなんとか助力を受け鎌倉に向かう途中だったといいます。


おそらく、頼朝に従う兵士にも疲れが見えていたと考えられる状況。しかし、その宿営中に一頭の野生馬が姿を現しします。美しくたくましい馬を手に入れることができた兵士の士気は、一気に上がったそうですよ。


青い毛並みを持ったたくましい馬は池に映る月のような美しい姿から“池月(いけづき)”と名付けられました。ただし、この名前には別の説もあり「非常に気性が荒く人にも馬にも噛みついて寄せ付けないため“生食(いけずき)”と名付けられた」とも言われています…。


もちろん、池月が素晴らしかったのは容姿だけではありません。平家物語の「宇治川の戦い」の場面では、頼朝から池月を賜った家臣・佐々木高綱を乗せて「急流をものともせずに渡り敵陣に一番乗りを果たした名馬」として描かれています。


池月は歴戦の中で生き残り、宇治川の戦いで彼に乗っていた佐々木高綱の領地で余生を送ったそうです。池月が亡くなると、高綱は“駒形明神”として手厚く葬りました。そのお墓の跡とされる馬頭観音堂が、現在も横浜市港北区鳥山町に残っています。


神社だけでなく、平家物語に描かれた名馬の史跡を巡るのも良いかもしれませんね。ちょっと話がずれてしまいましたが、千束八幡神社では、勇ましい池月が描かれた絵馬のほか、同じく池月が刺繍された“勝守”も授与しています。皆さんも、ここぞというときに名馬・池月の勝守を身に付けてみてはいかがでしょうか?

勝馬神社(茨城)

次に紹介するのは、茨城県稲敷市阿波に鎮座する大杉神社です。「大杉様」「あんばさま」として有名な大杉神社ですが、その境内にある“勝馬神社”は意外と知られていません。


かつて、付近の美浦村信太という場所には“信太の馬牧”という朝廷が管理する牧場がありました。この牧場内で馬の安全や健康を願って作られたのが馬櫪社(ばれきしゃ)という神社です。時代が移り、この神社が大杉神社内に移されて勝馬神社となりました。


この場所に移されてからも馬を飼育する人からの信仰は篤く、また昭和初期までは境内の馬場で草競馬が行われ100頭以上の馬が出走したそうです。現在も、そうした歴史やJRAの美浦トレーニングセンターが近いことから競馬関係者やファンの参拝が絶えません。


神社の玉垣には、石柱の奉納者として競馬関係者の名前もたくさん記されているのでじっくり見てみましょう!授与品もユニークなものが多く、馬と蹄鉄がデザインされた“勝馬守”のほか、サラブレッドのたてがみが入った“たてがみ守”もあります。また、絵馬は馬のイラストではなく蹄鉄を使用した豪華なもの。競馬ファンにはたまりませんね。


もちろん、もともとは馬の健康と安全を願う神社なので競馬以外の祈願もOKのはず。乗馬をしている人も、競技会での好成績や馬の健康を願ってみてください。

白岡八幡神社(埼玉)

画像:Wikipedia「白岡八幡宮」より引用

埼玉県白岡市にある白岡八幡宮は、鶴岡八幡宮(鎌倉)・亀岡八幡宮(仙台)と併せて「三岡八幡宮」として有名です。この白岡八幡宮の境内には“神馬社”という小さな摂社があります。


この社がいつごろ作られたか詳細は分かりませんが、祀られている馬は野生馬だったということなのでかなり昔の話なのでしょう。その馬は非常に賢かったのですが、ある日から人里まで下りて来ては畑の作物を荒らすようになります。


これに困った農民たちは、皆で話し合って馬を捕らえることにしました。畑を荒らしたとはいえ、その賢さと美しさから「特別な馬なのではないか」と感じた農民たち。馬は、八幡神社の裏手で飼われることになり寿命を全うしたそうです。


この馬を「神様に使える馬であろう」と考えて祀ったのが神馬社の始まりです。その後は近郷の農民たちが農耕馬のために安全祈願の参拝をするようになり、馬の安全と健康を守る神様として親しまれてきました。また、第二次大戦中に軍用馬として召集された農耕馬の飼い主たちは、神馬社に愛馬の武運長久を祈り送り出したといいます。


以前は、神馬社の祭である“馬寄せ祭り”には多くの馬が集まり草競馬なども催されたそうです。農耕に馬が使用されなくなるとともに祭りの規模は縮小しましたが、現在も白岡八幡宮の例祭がある3月には馬寄せ祭りも併せて催行されています。

矢先稲荷神社(東京)

画像:Wikipedia「矢先稲荷神社」より引用

最後に紹介するのは、東京都台東区にある矢先稲荷神社です。かつてここには、三十三間堂があり、矢先稲荷はその守り神として鎮座していました。


三十三間堂があった当時は、“射通し”が行われ賑わったという記録があります。射通しとは、三十三間堂の長い軒の端に的を置き、反対側の端から射って弓術の腕を競うものです。現在でも、京都の三十三間堂などでは射通しに倣った遠的が行われていますね。


この射通しで先人の記録を抜くことは、弓を得意とする者にとっての誉れです。こうした武術との縁もあり、矢先稲荷神社には武運向上の御利益もあるとされました。


そんな三十三間堂も、元禄11年の浅草の大火で焼失。深川に場所を移すこととなります。しかし、その移転後も住民に親しまれていた矢先稲荷神社だけは当地に残ることとなり変わらぬ信仰を集めたそうです。


さて、今のところ馬が登場していないので「どこが馬と関係あるの?」と気になりますよね。注目ポイントは、この神社の拝殿。参拝を済ませて拝殿の天井をふと見上げると、その見事な天井絵に目を奪われるはずです。


格天井には、なんと神武天皇の時代から現代までの「日本馬乗史」を描いた絵が!しかも、その数は100枚にものぼるというので驚きです。天井絵としては花鳥などが一般的ですが、これは迫力があるのでぜひ見ていただきたいです。


ちなみに、この絵に描かれた人物や馬、馬具や装束などは細かく考証を重ねて描き上げられました。さまざまな時代の騎馬の様子が一度に見られる機会はなかなかないので、これはかなり貴重ですね。

まとめ

馬と縁がある神社というと、やはり歴史的には武士に関係する神社が多いですね。今回紹介した神社以外にも、東北~関東を中心に見られる“駒形神社”など馬を守護するとされる神社がたくさんあります。もしかすると、皆さんが住んでいる市町村にも馬と縁の深い神社があるかもしれませんね。

 

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