競走馬のセカンドキャリア

華やかな競馬の舞台で、全速力で駆け抜ける競走馬たち。しかし、引退後の彼らがどのような道を歩むのか、その実態を知る人は多くありません。
かつては行方が追えないケースも少なくありませんでしたが、現在は「馬の福祉」への関心が高まり、多様なセカンドキャリアが注目されています。
種牡馬から乗用馬、そして人を癒やす存在まで、命のバトンを繋ぎ、新たな輝きを放つ引退馬たちの「第二の馬生」についてまとめました。
種牡馬や繁殖牝馬
引退後、最も華々しいキャリアとされるのが、血統を次世代へ繋ぐ「種牡馬」や「繁殖牝馬」への道です。
しかし、この道に進めるのは重賞レースでの勝利や優れた血統的背景を持つ、ごく一握りのエリート馬に限られます。種牡馬になれるのは全引退馬の数パーセントに過ぎず、その競争は現役時代さながらに過酷です。
種牡馬となった馬は種付け料によって多額の収益を生む一方、繁殖牝馬は牧場で母馬として仔馬を育てます。彼らの役割は、自身の持つスピードやスタミナ、気性といった優れた資質を後世に伝えることにあり、競馬産業の根幹を支える非常に重要なポジションです。
たとえ現役時代の成績が突出していなくても、血統構成が現代のトレンドに合致していれば選ばれることもあります。
しかし産駒(子供たち)が活躍できなければ、数年でその座を追われる厳しい実力主義の世界でもあります。
近年では、功労馬としてファンに愛されながら余生を過ごす支援の輪も広がっていますが、基本的には「経済動物」としての価値が強く求められるキャリアと言えます。
誘導馬
競馬場でレース前の競走馬たちをコースへと先導する「誘導馬」は、競馬開催に欠かせない「競馬場の顔」とも言えるキャリアです。
誘導馬には、現役時代にファンから愛された人気馬や、重賞を制した実績馬が選ばれるケースが多く、引退後も再びファンの前で姿を見せています。パドックや本馬場入場などで悠然と歩く姿は、競馬場の雰囲気を盛り上げる重要な役割を担っています。
しかし、誘導馬になるためには非常に高いハードルがあります。
競走馬時代は「誰よりも速く走ること」を求められてきましたが、誘導馬に求められるのは「何があっても動じない精神力」と「高い従順性」です。
大歓声や他馬の気配にもパニックを起こさず、常に冷静でなければなりません。そのため、引退後に長い時間をかけて再調教(リトレーニング)が行われます。適性がないと判断されれば、この道に進むことはできません。
現在は、全国の競馬場で多くの元競走馬が活躍しており、現役時代とは異なる「静のプロフェッショナル」として、後輩たちのスムーズな発走を支え、競馬の安全な進行に寄与しています。
乗用馬

引退馬のセカンドキャリアとして最も一般的なのが「乗用馬」への転身です。
競走馬は「走ること」に特化した訓練を受けているため、人間を背に合図に従って歩く、止まる、曲がるといった乗馬としての基礎を学ぶ「リトレーニング」が必要不可欠となります。これには半年から一年以上の期間を要し、多くの手間と費用がかかります。
リトレーニング後、馬たちは全国の乗馬クラブや大学の馬術部などで活躍する道へ進みます。
乗用馬の世界では、現役時代の賞金実績よりも「性格の穏やかさ」や「脚元の丈夫さ」が重視されます。特にサラブレッドは気性が激しい傾向にあるため、扱いやすい馬は重宝されます。また馬術競技会に出場する「競技馬」として活躍する道もあり、高い身体能力を活かして障害飛越や馬場馬術で新たな才能を開花させる馬も少なくありません。
一方で、乗馬クラブの経営状況や馬の加齢・負傷によって、その後のキャリアが不安定になるという課題も存在します。最近では、引退馬がスムーズに乗用馬へ移行できるよう、JRAや各種団体がリトレーニング費用を補助する仕組み作りが加速しており、馬と人間が長く共生できる環境整備が進められています。
セラピー馬

近年注目を集めているのが、馬との触れ合いを通じて人々の心身を癒やす「ホースセラピー(馬介在療法)」で活躍する「セラピー馬」としてのキャリアです。
馬の背中に揺られることによる身体的なリハビリ効果や、大きな体に触れることで得られる精神的な安定は、障がいを持つ子供たちや高齢者、ストレスを抱える現代人にとって大きな助けとなります。競走馬として極限の勝負の世界にいた馬たちが、今度は人々を癒やす存在として第二の生を全うする道です。
セラピー馬には、極めて高い忍耐強さと温厚な気質が求められます。車椅子での接近や予期せぬ大きな音、不慣れな人の動きに対しても、優しく受け入れる寛容さが必要です。現役時代に激しい気性を見せていた馬でも、引退後の環境変化や専門的なトレーニングによって、驚くほど穏やかなセラピー馬に生まれ変わる事例もあります。
ホースセラピーは単なるレジャーではなく、医療や福祉の一環として認められつつあり、引退馬の社会的価値を高める重要なセクターとなっています。馬にとっても、人間との深い信頼関係の中で静かに過ごせるこの環境は、非常に幸福な選択肢の一つと言えるでしょう。
まとめ

競走馬のセカンドキャリアを支えるには、業界の努力だけでなく、私たちファンの理解と支援も欠かせません。引退馬支援のクラウドファンディングや、乗馬を通じて元競走馬と触れ合うことも立派な貢献の一つです。
一頭一頭が持つ個性を尊重し、競馬場を去った後も「命」として尊重される社会を築くこと。それが、感動を与えてくれた馬たちに対する、私たちの誠実な姿勢と言えるのではないでしょうか。








