ブルース・スプリングスティーンのお嬢さんもオリンピックに出場!銀メダル獲得!

馬場馬術・障害馬術・総合馬術、オリンピックでは人と馬が共に力を発揮し、力づよく紳士的な姿を見せてくれました。残念ながら日本はメダル獲得とはいきませんでしたが、素晴らし演技を見せてもらえました。

障害物のデザインについても話題になっていましたが、実は他にも話題になっていたことがありましたがご存じでしょうか。アメリカのロック歌手の娘さんが、障害馬術のアメリカ代表選手として出場したということです。

アメリカの有名なロック歌手とは、「ブルース・スプリングスティーン」です。ここではブルース・スプリングスティーンさんについてや、娘であるジェシカ・スプリングスティーン選手について、障害馬術の結果などを紹介していきます。

ブルース・スプリングスティーンって?

アメリカのロック歌手であるブルース・スプリングスティーンさんをご存じでしょうか。アメリカの労働者や若者の声を代弁するようなテーマを作品に入れ表現した音楽は、多くの人の心に響き支持されており、アメリカのロック界を代表する歌手と言えます。

 今でこそロック界の重鎮ですが、デビュー当時は第2のデュランと呼ばれシンガーソングライターとしての扱いでした。しかし本人が活動したいのはロックであったため、ギャップに苦しみながらの活動が続いたと言います。    

そんなブルース・スプリングスティーンさんが次第にロック歌手として注目されていくきっかけとなったのが、セカンドアルバム「青春の叫び」のリリースと、このころ行っていたライブ活動での評判です。ロック評論家であるジョン・ランドーさんが「ロックンロールの未来を見た」と絶賛、プロデューサーとしてジョン・ランドーさんを招き、作品を制作しています。

1980年5作目となるアルバム「ザ・リバー」がアルバムチャートで初めての1位を獲得しています。その後も数々の作品を世に出し、1999年には「ロックの殿堂」入りを果たしています。

この他にも、2009年にはゴールデングローブ賞の主題歌賞、2016年アメリカの大統領自由勲章、2018年ブロードウェイ・シアターの最高栄誉トニー賞などを受賞しています。日本へ来日公演も行ったことがあり、国立代々木競技場や大阪城ホール・東京ドームや東京国際フォーラムでも公演されました。

1985年モデルのジュリアン・フィリップさんと結婚しています。2人の間には子供が3人おり、長男はXR Radioの番組パーソナリティー、末っ子である次男は消防隊員、そして長女がジェシカ・スプリングスティーン選手です。

スプリングスティーン選手について

東京2020オリンピック障害馬術にアメリカ代表最年少メンバーとして出場し、見事銀メダルを獲得したジェシカ・スプリングスティーン選手ですが、どのような人なのでしょうか。

ジェシカ・スプリングスティーン選手は3兄妹の真ん中で、お兄さんと弟さんがいます。両親がロック歌手とモデルと有名人ということもあり、パパラッチから離れるため幼いころにロサンゼルスからニュージャジーへと移り住み東海岸の農場で育ちました。家では馬・ヤギ・豚・ダチョウと言った、多くの動物に囲まれながら生活する中で、乗馬に興味をもち始めたのが馬術の選手になる一歩といえます。

2012年デューク大学で心理学を学ぶ在学中にロンドンオリンピックの補欠選手として選ばれました。2015年デューク大学卒業後には障害馬術とモデルの道に進み、オリンピックを目指し様々な大会に参加してきました。

2016年にはオリンピックに出場するチャンスがありましたが、愛馬の足のケガにより出場を逃しています。4歳唐乗馬を始めたジェシカ・スプリングスティーン選手にとって、オリンピック出場は長年の夢です。今大会は念願の初出場オリンピックなのです。

東京2020オリンピックの出場を勝ち取るまでに競った選手の中には、ジェシカ・スプリングスティーン選手の他にも有名な親を持つ子どもが多くいたそうです。スティーブン・ジョブズやビル・ゲイツ、マイケル・ブルームバーグやスティーブン・スピルバーグといった名高い人たちのお子さんが馬術競技に参加、ジェシカ・スプリングスティーン選手と競いました。

今回ジェシカ・スプリングスティーン選手は、アメリカ代表を最年少で勝ち取っています。年齢関係なく挑戦できる馬術では、若い選手よりも経験豊富な選手が選ばれることもしばしばです。
実際にアメリカ代表の選手は50代の選手が多く、他国でも40代・50代の選手が目立ちます。
また日本代表の選手でも30代・40代が選ばれていのを見ると、ジェシカ・スプリングスティーン選手は20代ですので、若くして選ばれる実力の持ち主と言えるでしょう。

彼女の2020東京オリンピックでの競技結果は?

ジェシカ・スプリングスティーン選手は、8/3に馬事公苑で行われた障害馬術個人予選、8/6に障害馬術団体予選、8/7に障害馬術団体決勝に出場しています。障害馬術個人予選では、「タイム87.15 障害減点4 予選得点4」で31位となり予選敗退となりました。

障害馬術団体では、ローラ・クラウト選手とマクレン・ワード選手と共に出場しました。団体予選では、ジェシカ・スプリングスティーン選手が「タイム80.67 障害減点4」、ローラ・クラウト選手が「タイム80.78 障害減点4」、マクレン・ワード選手が「タイム83.03 タイム超過減点1 障害減点4」で、5位で予選通過しました。

団体決勝では、ジェシカ・スプリングスティーン選手が「タイム78.89 障害減点4」、ローラ・クラウト選手が「タイム79.33」、マクレン・ワード選手が「タイム78.98 障害減点4」で、アメリカとスウェーデンが同順位となり、ジャンプオフに進むこととなりました。ジャンプオフとは、決勝で同順位になってしまった際に、障害物の数を減らし再度競技し優勝を決めることです。

アメリカとスウェーデンのジャンプオフでは、ジェシカ・スプリングスティーン選手は「タイム42.95」、ローラ・クラウト選手は「タイム41.33」、マクレン・ワード選手は「タイム39.92」で、2位となり銀メダル確定です。障害馬場団体でのメダル獲得国は、金メダルはスウェーデン・銀メダルはアメリカ・銅メダルはベルギーという結果となりました。

まとめ

いかがでしたでしょうか。アメリカでは多くの有名人のお子さんが馬術を行い競っていたことにも驚きがありますが、何よりもその豪華な顔ぶれに圧倒されます。

最年少でのアメリカ代表の席を勝ち取ったジェシカ・スプリングスティーン選手、実際に競技に参加している姿を見たという人もいるかもしれません。馬術の技術力の高さ・馬に乗る美しさに魅了された人も多いでしょう。

お父様がブルース・スプリングスティーンさんということで注目していた人も多いかもしれませんが、目が離せなくなるのは本人の美しさと実力の高さがあってのことです。ジェシカ・スプリングスティーン選手のオリンピックでの活躍を、お父様であるブルース・スプリングスティーンさんも喜んでいたことでしょう。来日観戦が可能な状況であれば、会場で応援している姿が見れたかもしれませんね。

 

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