馬の安楽死

ターフを疾走する馬の姿は、力強さと美しさの象徴です。しかし、その輝かしい走りの裏側には、常に「安楽死」という過酷な現実が隣り合わせに存在します。
なぜ、これほど愛される生き物が、怪我や病によって命を断たなければならないのか。それは決して非情な見捨てではなく、馬の生理的特性と尊厳を守るための、苦渋の救済処置でもあります。
今回は、私たちが知るべき馬の命の脆さと、安楽死という決断に込められた真意を紐解きます。
馬に多い怪我や病気

馬は「走る芸術品」と称されるほど、極限まで無駄を削ぎ落とした肉体を持っています。しかし、その美しさの裏側には、他の動物には見られない致命的な脆さが隠されています。
馬の怪我の中で最も恐ろしいのが、競走中や放牧中に発生する「骨折」です。
特に膝から下の骨は非常に細く、時速60kmを超えるスピードで数百kgの体重を支えているため、着地の衝撃一つで粉砕骨折を招くことがあります。
馬の脚は皮膚が薄く、骨が折れると皮膚を突き破る「開放骨折」になりやすいため、そこから細菌が侵入し、感染症によって骨が腐ってしまうケースも少なくありません。
また、馬の宿命的な病として「疝痛(せんつう)」が挙げられます。馬の腸は約30メートルにも及びますが、体腔内で固定されている部分が少なく、非常に動きやすい構造をしています。そのため、腸が捻じれる「腸捻転」や、内容物が詰まる「便秘疝」が頻繁に起こります。
さらに馬は解剖学的に「嘔吐」ができない動物です。一度飲み込んだものを戻すことができないため、胃の中でガスや液体が溜まると逃げ場がなくなり、胃破裂を引き起こすこともあります。
加えて二次的に発生する「蹄葉炎」は、馬にとっての死神とも言える病です。
蹄の中にある骨と蹄壁を繋ぐ「葉状層」が炎症を起こして腐り、骨が自重に耐えきれず蹄の底を突き抜けてしまうこの病気は、凄惨な激痛を伴います。
これらはどれほど手厚いケアを行っていても、現代医学の限界を超えてしまうことがあり、馬を愛する人々を常に苦しめ続けています。
安楽死の処置をとるケース

安楽死の判断が下される基準は、決して経済的な理由だけではありません。最も重視されるのは「馬のウェルフェア(動物福祉)」であり、「これ以上の治療が、馬に耐え難い苦痛を強いるだけにならないか」という点です。
具体的には、複雑な粉砕骨折で脚を自力で支えることが不可能になった場合が挙げられます。
馬は立ったまま寝る動物であり、3本の脚で過ごし続けることはできません。負傷していない残りの脚に過度な負担がかかれば、ほぼ確実に蹄葉炎を併発し、さらなる苦痛の連鎖を生むからです。
また、重度の腸捻転で広範囲の腸が壊死してしまった場合、手術を行っても生存確率は極めて低く、術後の多臓器不全による苦しみは想像を絶します。
現場の獣医師は、レントゲン検査や血液検査の結果だけでなく、馬の表情や痛みの程度を総合的に判断します。
処置は通常、過剰な麻酔薬や筋弛緩剤の投与によって行われます。これは、馬の意識を瞬時に消失させ、数秒から数分で心停止に至らせるものです。
観客やファンの目からは「見捨てられた」ように映るかもしれませんが、医療の現場においては、死の恐怖を取り除き、激痛から救い出すための「最後の手的な医療行為」として厳粛に行われます。
馬に安楽死が多い理由

なぜ馬は他の動物のように「ギプスをはめて数ヶ月安静にする」ことができないのでしょうか。それには馬特有の生理学的・精神的理由が深く関わっています。
第一に、馬は「3本脚では生きられない」という身体的制約があります。500kg前後の体重を4本の脚で均等に支えることで、蹄の血流は保たれています。1本の脚を失うと、他の健全な脚に1.5倍以上の重負荷がかかり、血管が圧迫されて蹄内部の組織が死滅します。これが蹄葉炎の発症メカニズムです。つまり、1本の脚の負傷は、連鎖的に他の脚の崩壊を招き、最終的には全身が崩壊してしまうのです。
第二に、馬の「闘争・逃走本能(ファイト・オア・フライト)」です。草食動物である馬は、動けなくなることを「捕食される恐怖」として本能的に感じます。全身麻酔から覚醒する際、馬は自分が倒れていることにパニックを起こし、全力で立ち上がろうとして手術部位を再び破壊してしまうことが多々あります。人間のように「安静にして寝ていなさい」という指示は通じません。
歴史的に見れば、1970年代に日本のスターホースだったテンポイントや、2000年代のアメリカの名馬バルバロの事例が有名です。
彼らは骨折後、巨額の費用と最高の医療技術を投じて延命が試みられました。しかし、数ヶ月にわたる懸命の治療も虚しく、結局は合併症による激痛の末、最終的には安楽死という選択をせざるを得ませんでした。
これらの悲劇的な経験が、獣医学界において「生かし続けることがかえって残酷である」という倫理観を形成する大きな要因となりました。
まとめ

「安楽死」という言葉は、文字通り「安らかに楽に逝かせる」ことを意味します。
馬に関わる人々にとって、この決断は常に身を裂かれるような痛みと葛藤を伴うものです。しかし、馬という気高く繊細な生き物の命を預かる以上、人間のエゴで苦痛を長引かせることは許されません。
安楽死は、絶望の果ての選択ではなく、その馬が最後までその馬らしく、尊厳を保って旅立つための「最後の手向け」です。
私たちができることは、彼らが遺した輝きを記憶に刻むとともに、限界まで走り抜いた肉体が、最後は痛みから解放されて眠りにつけるよう、その決断を正しく受け止めることではないでしょうか。






