武士の騎射稽古法「騎射三物」
中世の武士たちは馬に乗り、弓を持って戦いに挑んでいたため、弓術の鍛錬も騎乗しながら行っていました。「騎射三物(きしゃみつもの)」は平安時代〜鎌倉時代に確立されたと言われる武士の騎射稽古方法で、流鏑馬(やぶさめ)、笠懸(かさがけ)、犬追物(いぬおうもの)の総称です。今回はこの騎射三物をご紹介します。
流鏑馬(やぶさめ)
まずは、みなさんもきっとご存じの「流鏑馬」。駈歩する馬を操りながら、3つの的に鏑矢(かぶらや)を的中させる騎射です。鏑矢とは、鏃(やじり)の手前に鏑と呼ばれる音の鳴る道具をつけたもので、一般に殺傷能力はなく、開戦の知らせなどに使われていました。鏑矢を射ると音がすることから、魔除けになるとも言われ、神事にはよく使われていました。
流鏑馬は「矢馳せ馬(やばせめ)」が転じたものだそうです。起源には諸説ありますが、「日本書紀」には雄略天皇が即位した457年に「騁射(うまゆみ、流鏑馬のこととされています)」を行ったとする記述があります。さらに、1069年の永長元年には、白河上皇が流鏑馬をご観覧なさったとの記録があり、このころには各地で行われていたようです。その後、鎌倉時代では幕府が武士の訓練として奨励しましたが、徐々に神事としての色合いが強くなっていきます。流鏑馬は室町時代に入ると衰退。のちに徳川第八代将軍の徳川吉宗が古書に残っていた記録を頼りに再興しました。
直線の馬場に木でできた的を埒(らち)から少し離した位置に設置します。射手は当時の武士の平服であった狩装束を身にまとい、行われます。ただし、現在では競技として行われることもあり、馬場の長さや衣装なども開催地によって、少しずつ違いがあるようです。
騎射三物の中でもっとも身近なのが流鏑馬です。鎌倉の鶴岡八幡宮で奉納される流鏑馬神事には、源頼朝が1187年(文知3年)に奉納した流鏑馬を由来とする長い歴史があり、古式にて毎年9月16日に行われます。
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笠懸(かさがけ)
笠懸も馬上から的を射るという意味では似ていますが、より実戦的であったと言われています。起源は定かではありませんが、11世紀中ごろ、藤原氏の警備をしていた家臣たちにより行われていたという記録が残っています。
笠懸には遠方の的を射る「遠笠懸(とおかさがけ)」と、近くの的を射る「小笠懸(こかさがけ)」があります。初期のころには綾藺笠(あやいがさ)を遠笠懸に使用していましたが、のちに牛革を板に張り付けて綿やワラを入れてクッション状にしたものを的としてつるすようになりました。また、小笠懸には10cm四方ほどの板を使用します。笠懸には、やはり殺傷能力がなく、音を出す蟇目矢(ひきめや)を使用します。
技術的には流鏑馬より難しいとされており、戦場で確実に的に当たるための訓練として鎌倉時代には盛んに行われていました。甲冑では隠し切れないことから、急所となりえる顔を射るための稽古であるとも言われており、実際に顔を射られて亡くなった武将も多いのだとか。
馬場は直線で、射手は埒から離れた位置に設置された的を射る遠笠懸を行います。遠笠懸が終わり、馬場を引き返して戻ってくるときに、左右の低い位置に設置された板を射る小笠懸を行います。
今日では、神事としての笠懸は京都の上賀茂神社で見ることができます。2005年に800年ぶりに復活してから毎年10月の第3日曜日に奉納されています。
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犬追物(いぬおうもの)
犬追物は馬上から動く犬を的として射る稽古方法です。矢の先端は犬を殺傷しないように加工されている「犬射引目(いぬうちひきめ)」を使用しました。起源はよくわかっていませんが、13世紀初めに最初の記録があります。初期のころは、犬以外の動物も的にされており、牛追物も行われていたと言われていますが、犬追物だけが存続したそうです。
約72m四方を竹で四角く囲って馬場を作り、その中に縄で大小の輪を作ります。小さな輪の直径は約2.3mで小縄、大きな輪は直径が約9mで大繩とそれぞれ呼ばれていました。大繩の外側に3.5m幅で色のついた砂を敷き、その部分を鏟際(けずりぎわ)と呼びました。鏟際に36騎が12騎ずつに分かれて入り、小縄内に放たれた10匹の犬を追うのを15回繰り返します。その命中の仕方や打ち方には技があり、検見(けんみ)が優劣をつけました。
ほかの騎射と同様に鎌倉時代に栄え、室町時代に衰退し、江戸時代には再興しましたが、明治時代に入り廃絶しました。動く的を射るのは武士にとっては大切なトレーニングだったのかもしれません。しかし、現代では動物愛護やモラルの観点から受け入れられない稽古方法です。今日では見ることができません。
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まとめ
今回は「騎射三物」について詳しく調べてみました。中世の武士が戦乱の世で生き残るためには、馬を乗りこなしながらと弓をうまく使わねばならず、鎌倉時代にはその訓練だった「騎射三物」が栄えました。犬追物以外は神事やイベントとして、現代に受け継がれています。なかでも、流鏑馬は各地で多く開催されています。その土地によって引き継がれた伝統にも、少しずつ違いがあるのも面白いですよね。興味がある方は是非、お出かけください。