サムライ馬術、和式馬術について
皆さんは『和式馬術』をご存知でしょうか?現代の乗馬は欧州発祥の西洋式のものが一般的であり、オリンピックなどで目にする馬術競技はヨーロッパの軍隊における馬の調教や騎兵技術に由来しています。しかし日本にも日本の風土や日本在来馬に適応した馬術が存在しており、それは伝統文化として現代へと継承されています。
今回はそんな古式ゆかしい和式馬術について調べてみました。
和式馬術とは

和式馬術とは、武士によって磨き上げられた日本流の騎乗技術・馬の扱い全般のこと。明治時代まで馬といえば古くから農耕や運搬で活躍していた日本在来馬を指したといいます。小型ながら頑丈な体を持つ日本在来馬の特性をいかし、重い甲冑を身にまとった武士が乗っても馬の体力をなるべく消耗させずに戦闘や移動ができるよう、日本独自の伝統的な乗馬・騎乗技術へと発展しました。
日本式の鞍や鐙、手綱さばきを用いた乗馬法(速歩・駈歩、方向転換、止め方、隊列での動きなど)で「馬を自在に操る総合技術」は、弓や太刀、薙刀など馬上武芸全般の土台になる技術として発達。軍事訓練という背景から礼法的な馬術へも展開していきました。まさに「日本版・総合騎乗術」と言えますね。
国家安泰や五穀豊穣を祈る神社の神事として奉納される「流鏑馬」は有名ですが、こちらも和式馬術の技のひとつ。このように和式馬術を基にして様々な馬術へと拡大していき、その他にも以下のような広がりをみせています。
・「和式馬場」 和種馬で決められたエリア内で経路を回って馬と乗馬技術を君主に披露するもの
・「馬上武芸」 馬上で薙刀や長槍を持った状態で、巧みに和種馬を制御する技術
・「和式競馬」 和種馬・和式馬具を用いて150m前後を襲歩で疾走する一騎打ちの競走
・「馬上舞」 鈴や扇などを携え、和式馬術の基本に則り馬と技術を魅せるもの
・「遠乗り」 和式馬術で馬の消耗を防ぎながら30km程度の距離を走行するもの
日本独自の和式馬術は武士によって発展してきた経緯があるため、武芸との関わりが強いという側面を持っています。現代では伝統的な文化・武術の継承と役割を変えたものの、日本人のアイデンティティを構成する一翼を担っているといえるのではないでしょうか。
基本の乗り方

日本在来馬の体高は130〜140cm前後と小柄でありながら、およそ80kgの甲冑を着た武士を背に乗せ、時速50kmほどの速さで駆けることができたようです。そのような状況に即して編み出されたのが「居鞍乗り」。馬の負担にならない日本在来馬の乗り方で、和式馬術の基本とされている騎乗方法です。馬の肩甲骨や背中の動きを妨げないため、高い運動能力を発揮できます。鞍にしっかりと座り、馬の動きと自身の動きを同調させる乗り方は、ブリティッシュでいうところの正反動に近いかもしれません。
合戦時になると効率よく上体を使えるよう「立ち透かし」という騎乗スタイルに移行します。居鞍乗りが正反動だとすると、立ち透かしはツーポイントに近い乗り方。独特の袋鐙をいかして足裏全体でしっかりと鐙に体重をかけ走行の衝撃を膝で吸収し、お尻を軽く浮かせながら背中を伸ばすことで馬上での姿勢を安定させます。このように上体が安定することで正確に狙いを定めることができ、敵への攻撃が可能になります。
洋式馬術との違い

日本古来のサムライ馬術である和式馬術と現代に生きるわたし達に馴染み深い西洋式馬術、相違点も多々あります。
洋式馬術は乗馬レッスンでよく言われるように、座骨の動きを重視しているので鞍に深く腰掛けます。そのため鞍は乗り手が安定して座れるよう誘導する傾斜があり、柔らかな革張り構造になっています。
対して和式馬術は体を支えるために足を使うことを重要としており、前述の立ち透かしは木で組んだ硬い鞍に腰を浮かせるように騎乗します。「お尻の下に紙が一枚が挟まるくらい」と表現され、立ちと座りの間のような膝を曲げた姿勢を維持する日本独自の乗り方です。
馬に乗る時の方向も洋式馬術と和式馬術では逆。洋式は馬の左側から乗り降りしますが、和式は右から乗り降りします。これは武士が左腰に刀を差していたためだそう。左側から乗ると刀が馬の体に当たって邪魔になったり、または抜けてしまう恐れがあったのです。甲冑を着た状態でも右側からのほうが体勢を崩さずに乗りやすかったという諸事情もあったようです。
馬とともに日本へやってきた銜や手綱、鞍、鐙などの馬具も、馬と同様に環境に合わせて進化していきました。
日本の鐙は足を乗せる部分が大きく、足が全て乗るスリッパのような特徴的な形をしています。鞍は木製であり、前後には乗り手の姿勢の変化を繊細に伝える「鞍爪(くらづめ」)といわれるものが作られています。
世界の中これらと同型の馬具はまず見られません。
和式馬術と洋式馬術には明確な違いがありながらも、実は馬自体は日本の馬も西洋の馬も、ロシア南部のボルガ・ドン地方に生息していた特定の馬の一群がルーツであることが判明しています。海を渡ってやって来た乗用馬が約1000年もの長い年月をかけて、食料の少ない冬に対応すべく維持エネルギーを最小にする小柄な馬体、荒れた傾斜地でも人を乗せたまま大地をしっかり踏みしめられるような骨格など、日本の気候風土に適応し、生存に有利な性質を獲得していったのは驚異的ですよね。
まとめ
日本の風土に合わせて進化を遂げた日本在来馬の存在、試行錯誤して生み出された日本ならではの馬具、そして和式馬術を発展させた先人達の知恵や労力。どれが欠けても和式馬術は成り立たなかったかもしれません。
現在和式馬術人口は日本の乗馬人口の1%に満たないであろうと言われています。それでも和式馬術を守り抜いている人々がいて、今も素晴らしい馬術を目にすることができるのはとても贅沢なことだと感じます。馬装も騎乗者の衣装も見応えがありますから、是非一度見てみてはいかがでしょうか。