暗い場所での馬の視力

夕暮れ時や夜の厩舎など、人間が「暗くてよく見えない」と感じる場所でも、馬たちは驚くほど平然と行動しています。一体彼らは、暗闇の中でどれほど周囲が見えているのでしょう?
今回は、馬の驚くべき「夜間視力」にスポットを当て、他の動物との違いや目の特殊な構造、そして暗闇でも目が見えるメカニズムを詳しく解説します。
他の動物の視力との比較
動物たちの視力や見え方は、それぞれの生物がたどってきた進化の歴史やライフスタイルによって大きく異なります。
私たち人間は、昼間に活動する「昼行性」の動物であり、色の識別能力(色覚)やピントを合わせる視力そのものは非常に発達していますが、光の少ない暗い場所での視力は極めて低いという弱点を持っています。
一方、夜間に活動する完全な「夜行性」の動物である猫やフクロウなどは、わずかな光を増幅して捉える能力が極限まで発達しており、人間が完全な闇だと感じる環境でも自由自在に動き回ることができます。
では、馬はどのように位置づけられているのでしょうか。
馬は本来、夜間でも昼間でも活動する「周日行性(しゅうじつこうせい)」に近い性質を持っており、野生時代には肉食獣などの捕食者から身を守るために、夜間でも周囲を警戒し、素早く逃げる必要がありました。そのため、馬の夜間視力は人間の約6倍近くも優れていると言われており、猫などの完全な夜行性動物には一歩及ばないものの、人間とは比べものにならないほど暗闇を見通す力を持っています。
さらに、馬の視野は約350度と圧倒的な広さをもちます。
高い夜間視力と視野の広さを組み合わせることで、馬は暗い夜のサバンナや荒野でも、近づいてくる外敵の気配をいち早く察知して生き延びてきたのです。
このように、他の動物と比較しても、馬は「暗闇での生存競争」に特化した独自の高い視覚システムを獲得していると言えます。
馬の目の構造

馬の目が暗闇で高いパフォーマンスを発揮できる理由は、そのユニークで巨大な構造にあります。
まず外見的な最大の特徴は、顔の側面に位置するその「大きさ」です。
陸上哺乳類の中でトップクラスに大きい馬の目は、それだけで外部からの光をより多く取り込むことができるという物理的なアドバンテージを持っています。
また、馬の瞳孔は人間のような丸型ではなく、横に長い「長方形(水平のスリット状)」をしています。この横長の瞳孔は、地面を見渡す広大な水平視野を確保すると同時に、上下からの余計な太陽光を遮り、必要な光だけを効率よく網膜へと導くための優れた設計図となっているのです。
さらに電子顕微鏡レベルのミクロな視点で目の内部の構造を見ると、馬の網膜には光を感知する「視細胞」がギッシリと詰まっています。視細胞には、色を識別するものの明るい場所でしか働かない「錐体(すいたい)細胞」と、色は識別できないものの僅かな光に敏感に反応する「桿体(かんたい)細胞」の2種類が存在します。馬の網膜においては、このうち暗所で活躍する「桿体細胞」の割合が人間よりも圧倒的に多く、これが暗がりでの高い感度を生み出しています。また、馬の目には「チン小帯」と呼ばれる細い繊維組織によって支えられた、ピントを調節するための水晶体がありますが、馬は人間のように毛様体筋を使って水晶体の厚みを大きく変えるピント調節能力はそれほど高くありません。その代わり、網膜自体が傾斜している特殊な形状(非対称な眼球構造)をしており、見る対象との距離に応じて、頭の上下の位置を変えることでピントを合わせるという、人間とは全く異なるダイナミックな仕組みを持っています。
夜間視力が優れている秘密

馬が暗闇でも優れた視力を発揮できる最大の秘密は、網膜の裏側に存在する「タペタム」と呼ばれる特殊な細胞層の存在にあります。このタペタム層は、まるで高性能な鏡のような役割を果たしています。目の中に入ってきた僅かな光は、まず網膜の視細胞(桿体細胞)を刺激しますが、そのまま通り抜けてしまった光を、このタペタム層が反射させて再び網膜へと送り返します。つまり、1つの光から「往路」と「復路」の2回、エネルギーを吸収することができるため、人間なら見落としてしまうような微弱な光であっても、馬の目の中では何倍にも増幅されて鮮明な映像として処理されるのです。夜間に馬の目に光を当てると、怪しくピカッと光って見えるのは、このタペタム層が光を反射している証拠です。
ただし、この驚異的な夜間視力にも馬ならではの弱点があります。それは、光の明暗の変化に対する「順応(適応)スピードが非常に遅い」という点です。人間であれば、明るい部屋から急に暗い部屋に入っても、数分から十数分(暗順応)で目が慣れて周囲が見えるようになります。しかし、馬の目は光の量を調節する虹彩の動きや化学反応のスピードが緩やかなため、明るい場所から急に暗い厩舎や地下通路、夜の屋外などに入ると、完全に目が慣れるまでに非常に長い時間がかかってしまいます。その間、馬の視界は私たち人間が想像する以上に一時的な暗黒状態に陥っており、強い恐怖や不安を感じています。乗馬や馬の管理において、急に暗い場所へ連れて行く時に馬が立ちすくんだり嫌がったりするのは、ワガママではなく「本当に何も見えなくて怖いから」なのです。
馬の優れた夜間視力を活かすためには、暗闇に慣れるための十分な時間を待ってあげるという人間の配慮が欠かせません。
まとめ

馬は、大きな眼球や桿体細胞の多さ、そして光を増幅する「タペタム層」のおかげで、人間の約6倍という優れた夜間視力を持っています。
しかし、明暗の変化に目が慣れるスピードは非常に遅いという繊細な弱点もあります。
愛馬が暗い場所を怖がるときは、目が順応するまで優しく待ってあげる心の余裕を大切にしてくださいね。







